茶の里中増と嘉兵衛本舗の歴史

もうすこし、この里のお茶の歴史についてお話ししましょう。

日本のお茶は、鎌倉時代に明恵上人が日本に伝えたと言われています。
それからお茶作りは全国に広がり、吉野には江戸時代中期に伝わりました。

天明の頃、(1781〜1789年)籠屋忠次郎という商人が嘉兵衛本舗のある中増の里に行商にやって来ました。この地域の茶樹を見て、番茶だけしか作られていないことを残念に思った忠次郎はここに移り住み、宇治の製茶を広めました。

その頃、日本にあった五軒のお茶問屋のうち二軒が吉野郡に在り、郡内の生産量の50%は中増を含む大淀町で生産されていたという記録が残るほど、この地域はお茶の一大産地でした。中でも森本嘉兵衛、山本久右衛門は最も盛んに製茶をしていたと、古い文献に名前が残されています。
(奈良県吉野郡資料 中巻)


かつて吉野郡に6609軒あったお茶の生産者は大幅に減り、大淀町内の生産者も300軒から現在はわずか5軒になりましたが、この里の太陽・風・水・土とともに代々育んできたものを大切に、古い手仕事に学びながらより良いお茶をお届けできるよう、私たちはこれからもお茶と関わり続けます。